[Photo:Flickr-Relax, Mr. Accountant by Dennis Wong]
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1 会計事務所選びの難しさ
これはかなりの難問です。
ネットで「会計事務所の選び方」と検索するとたくさんのサイトにヒットします。税理士事務所のサイト、税理士紹介業者のサイト、会計事務所をグループ化する会社のサイトなどがそれぞれコンテンツを競っています。顧客獲得の入り口として、会計事務所選びで悩んでいる貴方のような方に向けて、この種のコンテンツを用意しています。
いくつか読んでみました。節税とか資金調達とか自分の得意とする分野に優れていることを良い事務所の条件として強調しているサイトも多いようですが、様々なタイプの会計事務所が存在していることを公平に記載しているサイトも少なからずありました。
これらサイトの多くで共通する主張は、「会計事務所の多様さ」です。事務所の得意分野、業務範囲、事務所の規模、所長やスタッフの能力や経験、節税に対するスタンス、料金、これらにかなりの程度幅があるということが主張されているのです。こういった情報をご覧になった貴方は、会計事務所選びの難しさを再認識することはできても解決の糸口を見つけることは難しかったことでしょう。
「会計事務所の多様さ」は事実です。税理士の半分以上は試験を受けていない税理士(税務署OB)ですので、数年前か数十年前に資格試験に受かったという共通点すらないことになります。
しかも、会計事務所は外から見ただけではどういった事務所かわかりませんし、所長と一度話したぐらいでは所長の人となりはわかっても、能力や経験などを含めて理解することは難しいかもしれません。おまけに事務所のクライアントが多いことは、所長の営業能力の高さには相関関係がありますが、事務所の専門的能力の高さとの相関関係はありません。大半の商品やサービスは比較して購入することが可能ですが、会計事務所の場合はそれさえも難しいといわざるを得ません。
2 会計事務所選びの重要性
このように会計事務所の選択は貴方にとって大変難しい状況にあるわけですが、どの会計事務所を選ぶかはあなたにとって、死活的といってよいほど重要なことです。貴方の会社が困難な状況にあるとき、会計事務所によってなされるアドバイスは多様です。正反対のアドバイスの可能性すらあります。投資を進める税理士もいれば、リストラを進める税理士もいるでしょう。
会計事務所が間違ったアドバイスをしたことによって、あるいは、なすべきアドバイスをしなかったことによって、あなたの会社の盛衰が左右されることになります。
以前、金融機関の監査業務をしていた際の経験を少し書きます。金融機関では、与信先の融資に対して貸倒引当金をどの程度計上するかを検討するために、自己査定といって、与信先を正常先、要注意先、破綻懸念先、実質破綻先といった具合に分類します。私たち公認会計士も金融機関が行った自己査定手続きが適正に行われているかどうかを検証するために、金融機関の与信先の決算書を見ることになります。一日に百件近い決算書です。
大半が中小企業でしたが、破たん懸念先や実質破綻先に分類されている会社には、節税のために多額の役員報酬を計上し続けたため内部留保が全くなく、投資を金融機関の借入だけで賄ってきたため、ほんの数年の業績悪化に耐えられなかったなど、税理士に破綻の一因がありそうなものが多かったと記憶しています。
3 会計事務所選びの具体的方策
ここまで会計事務所選びは貴方にとって死活的に重要であるにもかかわらず、大変難しい作業だというお話でした。それでは一体どうすれば良いのでしょうか。ここでは、いくつかその打開策を書いてみます。
3-1会計事務所に何をしてもらいたいのかを明確にすること
これは、会計事務所選びで一番重要なことです。
3-1-1 やってもらいたい仕事の範囲は?
会計事務所を知ることがまず大事です。できるだけタイプの違う多数のホームページをご覧になることをお薦めします。いくつかの税理士サイトをご覧になれば、平均的な税理士事務所の業務範囲がお分かりいただけると思いますが、会社の顧問契約の場合の一般的な業務範囲を記載しておきます。
① 税務申告書・税務書類作成、税務代理、税務相談、税務調査立会・・・すべての事務所が対応するはずです
②会計帳簿作成・・・会計ソフトへの入力を会計事務所に全面的・部分的に委託するケース、自社で入力したデータ検証してもらうケース、中堅会社ですとデータ入力に会計事務所はかかわらないケースが多くなります・・・記帳代行をしない事務所も多くなってきました
③ほとんどの事務所で対応する経理業務・・・証憑の整理、給与計算・年末調整、法定調書作成、固定資産台帳管理
④対応できる事務所が少ない経理業務・・・給与支払、銀行振込処理、請求書作成等の販売管理
⑤会計基準に準拠した計算書類の作成・・・中小企業の会計基準には多くの事務所が対応できるます被監査会社である大会社に対応できる事務所は少ない
⑥予算、経営計画、部門別管理、業績管理、原価計算、意思決定会計等の経営管理資料作成の受託やサポート
⑦資金調達の支援
⑧内部管理体制整備
⑨経営管理に関する相談
⑩事業承継に関する相談
⑪その他顧客の希望する業務
これらのうち、どの部分を会計事務所に依頼したいのかを明確にしておきます。①から③ぐらいまではたいていの事務所で対応してくれるでしょうが、④以降については、うまく対応できない事務所も多くなりますし、その分報酬も高くなっていきます。
3-1-2 会社訪問の担当者・頻度をどう望むのか?
次に、貴方の会社への訪問をどの程度の頻度で望むのか、所長、スタッフ税理士、無資格者の誰に来てほしいのか。誰が来るか、どの程度の頻度でくるのかにより、あなたの受けられるサービスとそれに対する報酬は大きく違ってきます。
私も会計事務所に勤務しながら公認会計士試験を受験しましたので、長い間、無資格者として顧問先への対応をしておりました。当時は相当勉強もしていましたのでそれなりの自負心もありましたが、今から考えると恥ずかしくなるようなことばかりです。経験も少ない無資格者のアドバイスに期待はしない方が良いと思います。
3-1-3 会社経営への関わり方・納税のスタンスはどうあって欲しいのか?
さらに、節税、会社の成長、会社の安定など何を中心にサポートしてもらいたいのかも明確にしておくことが大事です。節税を強調する税理士もいれば、これを毛嫌いする税理士もいます。また、税務調査の際に、税務当局の指摘事項はそのまま受け入れてしまう税理士もいれば、税務署と喧嘩になっても顧客の利益を守るべきだと考える税理士もいます。さらに、経営相談は税理士がなすべき仕事ではないと考えている事務所もあれば、最も重要な仕事として位置づけている事務所もあります。
3-1-4 所長や担当者はどういう人であって欲しいのか?
最後に所長や担当者の人柄です。専門的な知識や経験にアドバンテージがあっても、顧客とうまくコミュニケーションをとれない税理士もいます。誠実さに欠けていたり、言葉が軽いと感じたりする税理士や担当者もいるかもしれません。会計事務所と顧問先はパートナーです。所長や担当者との間に良い人間関係を作れるかどうかは事務所選びがうまくいくための最低条件です。
3-2 所長と一定期間コミュニケーションをとること
多くの会計事務所でホームページを作成しています。これらホームページの中には、事務所の得意分野が記載されていることも多いようですし、所長の人柄や考え方を明確に打ち出しているサイトもあります。ホームページ作成を外注している事務所でも代表者が書いたと思われる文章はあります。そこは熟読するべきでしょう。代表者の考え方や事務所の方針がかかれていないものは、仕事に特徴がないと考えてまず間違いないと思います。
それらの中で、所長や事務所の方針に興味がもてたものがあったら、コンタクトしてみてください。たいていは問い合わせのフォームかメールアドレスがあるでしょうから、貴方にとって大事なことを所長宛に質問してください。希望の持てそうだと感じたいくつかの事務所に同じ質問をしてみてください。
この質問の中に、正解のないと思われる質問を入れることをお薦めします。正解のある質問には同じような答えが返ってきますので、所長の考え方や仕事のやり方は伝わってきません。正解のない質問にどう答えていくかが、われわれの腕の見せどころですし、そこに税理士の個性が表現されるからです。
税金や会計に直接の関係しない経営に関する質問をするのも良いと思います。所長がクライアントの会社経営にどの程度関わってきたのかとか所長の能力や経験の範囲をある程度知ることができます。
例えば、次のような経営に関する具体的な質問です。
飲食店を開業し繁盛してきたので、2店舗目を出したいと思っているが、出店のタイミングをどう考えればよいのか悩んでいる。こういった問題に適切に対応していただける会計事務所を探している。貴事務所の所長から一般論で結構ですのでお返事をいただけないか?
この質問に対する教科書的な意味での正解はあるでしょうか? 出店を急げば、経営の安定性に支障が出ますし、出店を遅らせれば成長が遅くなってしまいます。
一定の財務的基盤が必要だというアドバイスやその目安を提示することはできます。また、リスク・コントロールの必要性を説明したり、分析したりといったこともできます。しかしながら、どこまでの財政条件を保持しておくべきか、どこまでのリスクをとるべきかについては、経営者のリスクに対する選好や出店を早めることで得られるお客さまの数、リスクをヘッジするための経営者の保有資産などによって判断が変わってきます。
リスクとそれを負うことによって得られるメリットとの間に一定のバランスがとれている選択肢はいくつか存在するはずです。
結局のところ、いろいろな分析をすることで経営者に判断材料を提供することはできても、最終的には経営者の判断により決めるほかはない問題です。われわれ会計事務所はリスク・コントロールがしっかりとできていることを条件に経営者の選択した方法を後押しし、経営者に寄り添い、励まし、選択した方法がうまくいくように協力していくことになるでしょう。
こういった問合せには、情報が足りないので、一度事務所へ資料をもってご足労願えないか、あるいは会社へ伺って事情をお聞きできないかという返信が予想されます。
こういった返信があった場合には、現在、良い会計事務所を探していること、同じ質問をいくつかの事務所に送信したこと、この質問に対する一般的な回答をいただいたうえで、会社の部下と選考し、貴事務所に訪問するかどうか決めたい旨を率直に伝えると良いと思います。従業員を採用するときと同じように。
こういったメールのやり取りや会計事務所での面談により一定期間所長とコミュニケーションをとってみてください。所長や事務所の特徴が見えてくるはずです。
是非、誠実な問い合わせを心がけてください。会計事務所の対応は貴方の鏡です。誠実なコミュニケーションを望んでいることが相手に伝われば、誠実な返信を期待できます。
こういったやり取りには相当の時間とエネルギーを要しますが、貴社にとっては重要なことですので、良い会計事務所とパートナーになるという成果のための投資とお考えいただくと良いと思います。貴方の望みが高ければ高いほど、このやり取りは大事になります。
3-3 想定と違った場合には躊躇せず、事務所や担当者を変更すること
こうやって苦労して選定した会計事務所であっても、想定通りの対応をしてもらえないこともあります。これもよくあることです。
所長が想定通り素晴らしくても、スタッフにはどうしてもばらつきがありますし、所長に対する理解が不十分だったことに気がつくこともあるでしょう。担当者に問題があるのであれば、担当者を変えていただくことを依頼してみてください。それでもうまくいかない場合や所長や事務所の方針に問題がある場合には、躊躇せず事務所を変えることをお薦めします。
良い会計事務所とパートナーになり、お互いに良い仕事ができるかどうかは、両者の関係次第です。良い出会いには運もまた必要です。何やら配偶者を選ぶのと似てきました。相違点は、情熱や勢いよりも冷静な判断力がより重要になるという点でしょうか。これは蛇足ですね。